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近海郵船の前身

当社は平成15年10月1日、日本郵船株式会社の100%出資により、同社の国内物流倉庫及び内航船舶の貸し渡しに係る一部の営業を承継させる、新設分割により設立されました。
さらに平成15年12月1日、近海郵船株式会社よりRORO船を中心とした定期航路事業等の営業譲渡を受け現在にいたっております。

当社の営業母体となっている近海郵船株式会社の沿革からご紹介致します。

近海郵船/郵船近海機船 大正12年〜昭和24年

大正12年4月、日本郵船株式会社の近海・内航部門を分離して、資本金1,100万円で近海郵船株式会社 が設立されました。

所有船舶は22隻 54,522総トン。 設立当時、日本郵船株式会社から継承した航路は、神戸/小樽、神戸/釧路、横浜/小笠原、横浜/樺太、小樽/樺太、函館/網走/千島、函館/樺太、神戸/天津などでした。

その後関東大震災・金融恐慌など幾多の困難を乗り越えて、北方においては北洋材・樺太炭などの不定期部門にも進出し、南方においては台湾航路等を拡充し、当時最高水準の客船である「富士丸」を就航させました。昭和10年から14年にかけては日本郵船・大阪商船に次ぐ我が国第3位の定期船会社にまで成長しました。

昭和12年に日中戦争が勃発し、また同年の日・独・伊三国同盟の調印などにより、アメリカ・イギリス・オランダなどによる経済封鎖に直面して貿易は漸次減少し、わが国遠洋航路の活動水域が圧縮されるにいたりました。

こうした時局の下、昭和14年に近海郵船株式会社は再び日本郵船株式会社に合併されました。

昭和18年6月、太平洋戦争の戦況は苛烈を極めわが国の海上輸送力が極度に逼迫する状況の下、政府指導によって、木造機帆船による海運輸送力確保を目的として、近海郵船株式会社の前身となる郵船近海機船株式会社が設立されました。同社は内地沿岸諸港間の石炭・石灰石・肥料輸送や内地・朝鮮半島間の石炭・米、さらに南方の石油輸送などに従事しました。

昭和20年8月の終戦までの2年間に、全船舶の4分の3に及ぶ61隻が喪失、多数の船員・職 員を失いました。

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近海郵船 昭和24年〜平成15年

終戦後、昭和24年7月、企業再建整備法に基づき、郵船近海機船株式会社を解散し、第二会社として近海郵船株式会社を設立致しました。
旧近海郵船株式会社の社名・社旗を受け継ぎ、鋼船による近海区域における営業分野の拡大を目指しました。

以下年代を追ってご紹介致します。

近海郵船 昭和24年〜平成15年

昭和24年9
小型鋼船の民営化により貨物船「富士丸」の自営を開始しました。
昭和25年4
大型船の民営還元により貨物船「吉野丸」の自営を開始し、貨物船「豊城丸」を国内初の圧送式荷役装置を搭載するセメント専用船として就航させました。
昭和28年8
台湾向け不定期配船を開始致しました。
昭和29年4
フィリピン産南洋材の輸送を開始致しました。
昭和43年10月
旧ソ連からの北洋材輸送を開始致しました。
昭和44年4
日本郵船株式会社の内航全部及び近海航路の経営を引き継ぎ、同社よりの定期傭船、受託船の継承により運航船舶は27隻 61,412総トンとなりました。
昭和45年4
初のRORO船「北斗丸」を新造、大阪/苫小牧航路に就航致しました。
昭和47年4
東京/釧路間にカーフェリー「まりも」「ましう」を就航、後に「さろま」を増配し、デイリー・サービスと致しました。
昭和55年7
日本郵船株式会社より東南アジア向け自動車輸送の業務を受託致しました。
昭和58年4
自動車運送取扱事業(現 貨物利用運送事業)を開始致しました。
平成02年5
東京/釧路間のカーフェリーを新造「サブリナ」「ブルーゼファー」に代替致しました。
平成05年9
自動車部品専用船として、CGC船を名古屋/博多間に就航させました。
平成09年4
東京/釧路間のカーフェリー航路を、東京/釧路/十勝に変更致しました。
平成10年7
大型石灰石専用船を就航させ専用船部門についての拡充を図りました。
平成11年5
茨城県常陸那珂港の開港に伴い、大阪/苫小牧航路を大阪/常陸那珂/苫小牧に変更致しました。
平成11年11月
東京/釧路/十勝のカーフェリー航路を休止し、代替船として大型RORO船を東京/釧路航路に投入、貨物輸送に特化致しました。
平成12年2
ROROタイプの巻取り紙専用船を新造、東京/苫小牧間に投入致しました。
平成13年7
大阪/常陸那珂/苫小牧航路の常陸那珂寄港を取り止め、新たに常陸那珂/苫小牧航路を開設し、川崎近海汽船株式会社とのスペース・チャーターによる共同運航を開始致しました。
平成14年6
大阪/苫小牧航路を廃止し、敦賀/苫小牧航路を開設致しました。これにより阪神・中京/北海道間の輸送が大幅に合理化されました。
平成14年7
大阪/那覇航路を東京/大阪/那覇に変更し、琉球海運株式会社とスペース交換方式による共同運航を開始致しました。

弊社沿革については、「会社沿革」をご覧ください。